ナラティヴ(11) :近代と平和
- 野中
2026/05/29 (Fri) 17:30:50
『今』という時代の「モノ-ガタリ=抽象化された物語」を
的確にとらえなければならないと思います。
『今』は、「近代」という人類にとって最も不幸な時代の
一番終わりの時期なのです。
我々は、「近代」が終わり、新しい時代への分岐点に居ます。
そして「近代」が終ろうとするこの時代に、「近代の断末魔」として
極めて乱脈でエゴイスティックな気配が満ちてきています。
ドナルド・トランプ、習近平、ウラディミール・プーチン
この三人の動向を見ていてもそれは明らかでしょう。
では、どうするべきでしょう。
答は難しくありません。
日本はひたすら、清潔に、謙虚に「平和」を貫けばいいだけです。
ただひたすらに「平和」を希求し、「近代国家」ではなく、
個々の人々に向かって、平和のモノ-ガタリを説いていけば
いいだけです。
「近代の断末魔」という今の時代が悪いだけで、
平和で幸福な日常を願う人類の本質は
決して濁ったものでも、汚れたものでもないからです。
もちろん「近代の断末魔」である今の世界情勢は
厳しいものがあります。『近代国家』たちは、
生き残りをかけて手当たり次第に牙をむきます。
それは明らかに狂気を含んだ無分別な暴力となり、
『弱い国』を襲おうとするでしょう。
だから最低限の防衛力は必要です。
核兵器は通常兵器の1千万倍の威力があります。
通常兵器を1グラムのゴキブリとすれば、
核兵器は10トンの戦車に相当します
つまり兵器としてのレベルが全く違うのです。
だからこの際、「核兵器だけが兵力だ」と
定義しなおして、
通常兵器を『警察装備品』としてとらえるのがいいでしょう。
そうすることによって、日本は
「兵力を持たない国」「戦争をしない国」であることを
維持することができます。
つまり堂々と『平和憲法』を維持できるのです。
日本は普通の国ではありません。
世界で唯一、「近代の断末魔」を乗り越え、
世界全体を平和へと導いていく、
そういうモノ-ガタリを持った、唯一の国なのです。
ナラティヴ(10) :平和と韓国 - 野中
2026/05/03 (Sun) 20:38:19
今は「韓国」にこだわっていい時ではないと思います。
「韓国」のナラティヴは、それ自体別個に考慮すべきものです。
問題なのは、この「韓国」についての思考が、
我々の『平和』への視界を曇らせてしまうことです。
たしかに「韓国」の問題は厄介です。
けれど「韓国」の問題に注目しすぎて、おおきな「平和」
を見失ってしまっては、元も子もありません。
今、我々は、「近代」が終わり、新しい時代への分岐点に居ます。
そして「近代」が終ろうとするこの時代に、「近代の断末魔」として
極めて乱脈でエゴイスティックな気配が満ちてきています。
ドナルド・トランプ、習近平、ウラディミール・プーチン
この三人の動向を見ていてもそれは明らかでしょう。
彼らはそのエゴイズムによって、世界を滅ぼしかねません。
では、どうするべきでしょう。
答は難しくありません。
日本はひたすら、清潔に、謙虚に「平和」を語ればいいだけです。
日本は普通の国ではありません。
世界で唯一、「近代」を柔らかく終え、
世界全体を新たな未来へと導いていく、
そういう力を持った国なのです。
だから一旦、韓国から眼を離して、
世界の未来を考えるべきです。
ナラティヴ(9) :近未来のナラティヴ - 野中
2026/04/27 (Mon) 11:04:17
「近代」を超えて、世界がどうなっていくかなんて
誰にも分からないと思います。
でもどんな世界になって欲しいのかは簡単です。
それは、笑い合い、楽しみ合い、愛し合う世界です。
だとすれば、われわれはそれに向かっていけばいいんです。
「近代」を超えて、新しい社会を作って行くためには、
たった一つの規律さえ守ればいいんです。
『他者のナラティヴ(個のモノ-ガタリ)を害してはいけない』
近代までの「規則」は、「個人の自由」を無限に大きく
していった結果、その抑制のために、ものすごく複雑な形に
なってしまいました。法律や条例は絶対個人では覚えきれない
ぐらい複雑で、息が詰まるぐらい面倒です。
それはニンゲンを、「自由な個人」として捉えるために、
裏側で行為の方向を決め、禁忌を決め、罰則を決めて
行ったからにほかなりません。つまり「自由」のために
人々を規則でがんじがらめにしてしまったのです。
その結果、人々は平気で、他者のナラティヴを害する
ようになり、自分を見失いがちになり、
どんどん不自由になっていったのです。
そう、問いの立て方がおかしかったのです。
「どういう世界になるのか?」なんていうふうに考えるのではなく、
「どういう世界にしたいのか?」とだけ考えればいいんです。
そして考える時に、
『他者のナラティヴ(個のモノ-ガタリ)を害してはいけない』
ということだけを念頭に置いておけばいいんです。
ナラティヴ(8) :ナラティヴと信仰 - 野中
2026/04/15 (Wed) 10:46:39
端的に言えば、信仰とは「ある程度固定化されたナラティヴ」です。
ナラティヴつまり「個のモノ-ガタリ」は、ある意味不安定です。
それに対して、信仰は、強固な安定感があります。
では問います。あなたが友人として選ぶなら、
豊かなナラティヴを持って居る人と、強固な信仰を持って居る人、
どちらを選ぶべきなのか。
もちろんどちらも不正解であり、どちらも正解です。
それぞれに良さがあり、それぞれに欠点があります。
けれど、強固な信仰をもって居る人は、
10年先も同じ信仰をもっているでしょう。
それに対して「豊かなナラティヴを持って居る人」は
10年後の心のありかたが分かりません。
ただし「豊かなナラティヴを持って居る人」は、
あなたのナラティヴを(つまりはあなたの心を)傷つけることは
ありません。自分のナラティヴを大切にする人は、
対面する人のナラティヴも大切にしてくれるからです。
僕はどちらかと言えば、「豊かなナラティヴを持って居る人」の
方が好きです。そういう人と関わる方が、自由でのびのびとした
時間を過ごせる気がするし、何より楽しく自分のナラティヴを
育てていける気がするからです。
ナラティヴ(7) :日本の謙虚さと誠実さ - 野中
2026/04/08 (Wed) 01:29:26
世界の情勢が揺れ動いています。
今や、たとえば、ドナルド・トランプが突然水爆の使用を
宣言しても、誰も驚かないでしょう。
世界の情勢は揺れ動いているだけではなく
フェイクとブラフで満ちています。
これは非常に危険な状況です。
そしてこういう状況だからこそ、日本という国の
謙虚さや誠実さが、切実に必要になってきます。
どうして、世界がこんなに揺れ動いているのか、
それは『近代』という時代が素朴に終わらず、
その断末魔がうねりを挙げて人類自体を襲って
いるからだと思います。
こんな時代にあって、日本はどうしたらいいのでしょう。
・・・・何よりも冷静になるべきです。
そして、謙虚に、誠実に、平和を説くべきです。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩を思い出しましょう。
あそこに示された『無私の精神』こそ、
今の日本に必要なものだと、僕は思います。
いろいろな経緯から、日本は少しずつ世界に影響力を
持つようになりました。
だからこそ、だからこそです。
『近代の断末魔』を鎮め、新たな人間らしい世界を啓くため、
謙虚に、誠実に、平和を希求していくべきなんだと思います。
ディズニーの物語は良いな (5):バグズライフ - 野中
2026/04/02 (Thu) 08:41:50
バグズライフを観ました。
ちょっと出だしだけ見てつまらなかったらすぐに
やめようと思っていたのに、
気付けば終わりまで来ていました。たのしかったです。
ウィキペディアによると、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「トイ・ストーリー」のスタッフによるピクサー第二の長編。
誕生のきっかけは「トイ・ストーリー」制作が大詰めを迎えた
ある日の昼食中の某スタッフの会話である。
それから、虫の生態リサーチングをし、その99パーセントを忘れ、
キャラクターの性格を掘り下げることに力を注いだ。
今作の誕生はイソップ童話をヒントにした(ブルーレイの映像特典も
「アリとキリギリス」である)。
製作に当たっては「トイ・ストーリー」の十倍もの処理能力を持った
最新式コンピュータが採用され、霧や雨、稲妻や炎、キャラクターの動き
などがよりリアルに表現できた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
とあります。
まあ娯楽作品ですから、物語が『人間臭く』なってしまうのは
しかたのないところですが・・・・・・あっ、これ以上話すとネタバレ
して、まだ見ていないヒトには申し訳ないので、やめておきます。
ともかく、見て損のない、とてもいい作品だと思います。
ナラティヴ(6) :Uちゃんの話 - 野中
2026/04/01 (Wed) 03:03:46
なぜとつぜんUちゃんのことを書こうと思ったのか
僕自身もよくわかりません。
でも、もし彼女について何か残すなら
今しかないと、なんというかラスト・チャンスだと思うのです。
彼女と話したのはたった1回だけでした。
僕はそのころ、ある大学の音楽サークルに先輩として顔を出していて、
Uちゃんもそのサークルにいた一人でした。
今でもそうですが、僕のUちゃんについての知識はほんの少しでした。
牛乳瓶の底みたいな、度のすごく強いメガネを掛けていたこと。
発声が少し変なこと。
出身高校が周囲と場違いなほど名門であること。
そのくらいでした。
そのあまり接点のない彼女が、1度だけ僕に話しかけて来ました。
普通の会話ではありませんでした。
ぶっきらぼうで、不思議に人懐っこい、それでも妙に冷静で、
そう、そのときは「この人は一体なぜ僕に話しかけたんだろ」
と、思わせるような不思議な会話でした。
彼女はその数年後、亡くなりました。
周囲の人の一人は、僕にこんな風に話してくれました。
「あの人はものすごく賢い人だったの」
「脳に腫瘍があって、いろんな障害が出ていて」
「自分はいつ死んでもおかしくないんだって言ってたのよ」
今になって思うのです。彼女ともっと話したかったと。
彼女の喜び、悲しみ、そして物語のことを。
そしてあのとき話しかけてくれたのは、きっとそれらを
誰かに話したかったからだったんだと。
僕は今でも、あの牛乳瓶の底のようなメガネ越しの、
彼女の穏やかで鋭い眼の光を覚えているんです。
ナラティヴ(5) :トランプ対イスラム - 野中
2026/03/12 (Thu) 12:07:20
ドナルド・トランプとイスラムの戦いを
ナラティヴの面から考えてみます。
どちらが勝つか。……トランプに勝てる要素はありません。
それはイスラムの人々の側から、ドナルド・トランプという人物を
眺めてみれば明らかです。
イスラムの人々は、毎日の生活をイスラムのナラティヴの中で
営んでいます。日々神に祈り、日々戒律を守り、日々神に感謝して、
生きています。イスラムの人々の幸福は、神を感じ、神とともに
あることで初めて成立します。
こういう生のありかたは、ごくごくまっとうで、ナラティヴの扱い
を含めて、むしろ優秀な精神的システムと言えるでしょう。
そのようなイスラムの人々から見れば、ドナルド・トランプという
人物が、極めて汚れた、排除すべき存在なのかは明らかです。
トランプはイスラムの指導者の一人を殺したことで、
「イスラムの敵」と認知されました。
トランプは、すべてのイスラム者の日常的な敵になったのです。
トランプは、イランのような独裁的な国が核兵器を保有することが、
危険だと感じているでしょう。けれどもイスラムの側からしたら、
アメリカのような神を信じない国が核兵器を何千発も保有していることが
世界の不幸を作り出しているのだと思っているでしょう。
トランプは、敵にしてはいけない相手に挑んでしまいました。
イスラムは数十億の人々のナラティヴを担っています。
それに対して、トランプはたった一人です。
きっと今ごろ、トランプは震えていることでしょう。
うまく行けばイランは解体するかも知れません。
けれどそれはイスラムの『負け』を示すものではありません。
トランプはモノ-ガタリの怖さを何も知らない、
無知で愚かな「近代人」なのです。
「近代人」にとって、死は敗北です。
けれどイスラム者にとっては、ある種の勝利です。
こう見て行くと、トランプの敗北は自明だと思います。
もちろん、アメリカは偉大です。
けれどもその偉大さの源泉は、
「人はすべて自由であるべきだ」という理念によるもので、
その理念を外れた、愚かな政治家に「偉大さ」を
語る資格など、全くありません。
ドナルド・トランプ。「近代の断末魔」を代表するこの人物に、
一刻も早く政治の場から退場してもらうことこそ、
世界が望んでいることではないでしょうか。
ナラティヴ(4) :トランプの暴走 - 野中
2026/03/01 (Sun) 13:07:03
ドナルド・トランプの暴走が加速しています。
ベネズエラの次はイランでした。
ハメネイ師が執務中に殺害されました。
何度も言いますが、トランプの行動は、
「近代の断末魔」の時代の反映そのものです。
トランプは「古きよきアメリカ」という物語以外のナラティヴを
全く理解しようとしていません。
たとえばイスラムの人々が、毎日アラーに祈り、
敬虔に日々を積み重ねて行っている日常の空間の大切さを、
トランプは1ミリも理解していないのです。
とてもとても愚かなことです。
これは、世界の歴史にとって大きなピンチです。
こういうことを許容していては世界は持ちません。
ところが、とても残念なことですが、日本政府は
このようなトランプの行動に対して、一片の非難すら
していないのです。
これはつまり、アメリカ同様に「近代の断末魔」の中に
巻き込まれていってしまうということでしょうか。
もはや世界は待ってくれません。
そして国際連合は無力です。
できるだけ早く、「非核連合」を作り上げて、
「平和を望む国際世論」を励起させましょう。
アメリカは、「強い国のしたいようにする」という
『古きよき近代』の論理を振り回し始めています。
そして『強国』たちはそれに刺激を受けて覇権を狙いに来ています。
ここで冷静に世界平和を指向しなければ、
世界は崩壊するでしょう。
落ち着いて傍観している時ではありません。
日本は、世界の存続のカギを握っています。
ナラティヴ(3) :ドナルド・トランプのナラティヴ - 野中
2026/01/26 (Mon) 12:02:07
後世の人々はきっと、ドナルド・トランプに感謝するでしょう。
新しい時代を迎えるのにあたって、
打倒すべき、明確な対象として存在してくれたことに。
つまり、
今後、我々が「歴史」を継続していくためには、
ドナルド・トランプという存在を乗り越えるか、
もしくはトランプ的な誤解を、解消しなければならないのです。
ドナルド・トランプのナラティヴは、ある意味、単純です。
「マガ=Make America Greate Again」の掛け声は
きわめて「近代的」なものと言えるでしょう。
カナダを51番目の州にすると言ったり、ベネズエラを攻略したり
グリーンランド領有を主張したりする一方、ユネスコ脱退、パリ協定離脱
イラン攻撃、イスラエル支援、など国際的な協調を無視し、自国だけが
正しいという政策を行っています。
「ノーベル賞を欲しい」と言ったり、それを逃すと、「もう平和には貢献しない」
と放言するに至っては、もう幼児的なエゴイズムとしか言えません。
総じて、トランプは「近代的人間観」に囚われ、個のエゴイズムを
世界に向かって推し進めて行っています。
「自分の利益のためには、方法を選ばない」という、
極めて「近代的」なやり方がトランプ流ですし、
「わがままを押し通すことで自分を保っていく」ことが
トランプのナラティヴなのです。
イランを攻撃したときに、彼は「原爆投下を命じた時のように
勇気が必要だった」と言いました。
つまりは、必要があれば(自分が成果を挙げられれば)核攻撃
も辞さないということなのです。
プーチン、習近平、トランプの三人の内、最初に核のボタンを押す
可能性が最も高いのは、まさにトランプでしょう。
彼に核のボタンを押させないためにも、できるだけ早く
世界が彼を乗り越えてしまうことが大切です。
そしてそれは「近代」を終え、世界を新しい平和な時代に
移行させることに他なりません。
ディズニーの物語は良いな (4):キスってすごいの? - 野中
2026/01/24 (Sat) 08:07:17
時代を追ってディズニーの物語を追っていくと、
「キス」の扱いが、だんだん軽くなって行っているのが分かります。
「白雪姫」や「眠れる森の美女」では
「キス」が物語のハイライトになっています。
ところがディズニーも含めて、最近の映像作品では、
「キス」のウェイトはどんどん減って来ているみたいです。
モノ-ガタリとして考えて見ると、
ディズニーの初期作品では、
恋する──さまざまな事件──キスする
という扱いだったのに、最近の映像作品では
恋する、同時にキスする──さまざまな事件──何らかの終わり
というように変容してきています。
つまり恋愛におけるキスの象徴的な価値が、
どんどん下がってきているとみなしていいと思うのです。
あっ、もちろん僕は「キスの復権」なんてことを言いたいわけじゃないです。
僕が言いたいのは、恋愛という巨大なモノ-ガタリが、
「キスの軽視」ということで、どんどんすり減ってきているなあ
という事実だけです。
人を恋する、というモノ-ガタリは、大きな精神的エネルギーを産みます。
そして人間はこの精神的エネルギーで、時代を動かしてきたのです。
豊かに恋して時にはキスを。
それが人間をよりよいものにしていきます。
ナラティヴ(2) :習近平のナラティヴ - 野中
2026/01/22 (Thu) 13:04:48
プーチンに続いて、次に取り上げるのは
中国を率いる、習近平です。
習近平のナラティヴについて考えてみたいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
習近平のナラティヴ個人について考察するより前に、
彼が属する『共産主義』について少し考えて見たいと思います。
ヨーロッパの近代が始まったのは、15世紀と言われます。
そして近代を思想的に支える思想として「近代合理主義」が
広がっていきます。その過程で貨幣経済が世界に広がっていきます。
そして、『お金がなければ人は不幸だ』という思想が行きわたります。
近代はまさに「お金」の時代になりました。
そしてその「お金」の不公平な行きわたりかたに異をとなえたのが
カール・マルクスでした。『共産主義』のはじまりです。
確かに、『共産主義』はすごい発想だと思います。「お金の流通」
そのものが「科学」の対象となり、その厳密な分配について、
「科学的」に説明していったからです。
(現代でも「右翼」「左翼」という政治勢力の呼び方がありますが、
「左翼」とは要するに『共産主義に近い側』という意味なのです)
共産主義は、貨幣経済に多くの反省をうながし、現代では多くの
社会で、それを念頭に置いた富の再配分を行っています。
(北欧の国々などの高福祉国家が、その好例です)
習近平のナラティヴは、その「共産主義」のモノ-ガタリを
バックボーンに持って居ます。
「共産主義は正しい。自分には毛沢東を継いで、共産主義を背負って
世界を良くしていく使命があるのだ」なんていうふうに考えて
いるのでしょう。
その感覚が「中国4000年の歴史」と結びついて、自身の正しさに
絶対の自信を持っている・・・こういうのが習近平のナラティヴなのでは
ないかと思います。
しかし、共産主義は、結局「近代」の産物です。つまり厳密に
「近代合理主義」を追究していくと、共産主義になるのですが、
「近代」が終わろうとしている今、共産主義はもはや正当な思想
ではなくなってしまっているのです。
すなわち、共産主義は単に権力維持のための飾りにすぎないものに
なってしまっているのです。
『お金がなければ人は不幸だ』というのは、ある意味正しいと思います。
しかしそれは『お金があれば幸福だ』ということではないのです。
「近代」とは、人が『こころ』を忘れて、『モノ』に囚われて行った
悲しい時代のことです。それを乗り越えて「新生代」へと
歴史の次のページをめくること。それが現代に生きる我々に
課せられた使命だと、僕は思っています。
ディズニーの物語は良いな (3):ウォーリー - 野中
2026/01/20 (Tue) 08:04:06
最近、「ロボット」が脚光を浴びています。
そこで、「おそうじロボット」のウォーリーを紹介します。
「おそうじロボット」と言っても、ウォーリーが掃除しているのは
家の中じゃありません。2900年の荒廃した地球の、廃棄物を
かき集めてプレスし、積んでいくのです。
ウォーリーは孤独です。地球は汚染され破壊され、見捨てられた
のです。
……ここからはネタバレになりますので、(ディズニー・プラスでも
やってますし)やめておきます。
でも個人的に言えば、日本では「ロボット」はそんなふうにならないと
思います。何かの雑誌で読んだのですが、日本で産業用ロボットが
導入された初期に、ロボットにアイドルの名前をつけて、
「今日は××ちゃん、何だか不機嫌でさ」
「今日の〇〇ちゃん、すごく元気でね」
なんていう会話が日常的に交わされているっていう話が書いてありました。
それはとても重要なことです。ロボットを「愛する仲間」と感じる
ことは、ロボットに新しい生命を与えることなのです。
ロボットを「モノ-ガタリを持った働く仲間」と感じられるような
社会では、決してウォーリーの悲劇は起こらず、社会全体として
健全に発達していけるような気がします。
ナラティヴ(1) :プーチンのナラティヴ - 野中
2026/01/15 (Thu) 00:42:22
いろんな人の「ナラティヴ(=個的なモノ-ガタリ)」について考えてみます。
ナラティヴの中には『悪いもの』が、歴然とあります。
それは『他者のナラティヴを傷つけるもの』です。
今回は第1回目としてウラジミール・プーチンを取り上げます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「近代」が終わろうとしている今、権力を握っている者たちの中で、
自らの「近代的偏見」を捨てず、時代を混乱させている輩が
何人かいます。彼らはまさに「近代の断末魔」を作り出しています。
順番をつけてみました。もちろんこれは僕の視点からですが。
1位・・・ドナルド・トランプ
2位・・・習近平
3位・・・ウラジミール・プーチン
今回はこの3名のうち、3位のプーチンについて、そのナラティヴを
考えてみたいと思います。
プーチンのナラティヴは、驚くほど古色蒼然たるものです。
『古きよき時代の帝政ロシアのような圧倒的な国家に』
という、まるで200年ほど前の時代に戻ったかのような
ナラティヴを持って居るようです。
彼を支持する、ギリシャ正教のトップは、こう言ったそうです。
『この戦いで、もし亡くなっても、きっと生き返る。なぜならこの
戦いは正しい戦いだから』
結構、呆然としてしまいますが、実はこういう古いナラティヴが
案外、強力なんです。何と言ってもプーチン政権は、ロシア国内では
90%近くの支持を得ているわけですから。
ともあれ、ここまで古い感覚なので、他の二人(習近平とトランプ)に
比べれば、危険度は減ります。
彼が「最初に核のボタンを押す」確率は、10%ぐらいかなと思います。
ディズニーの物語は良いな(2):クリスマス・キャロル - 野中
2025/12/24 (Wed) 23:35:48
メリー・クリスマス
クリスマスというと、僕は必ず、チャールズ・ディケンズの
「クリスマス・キャロル」を思い出します。
ディズニーもこの話が大好きみたいで何度も映像化しています。
ウィキペディア(Wikipedia)からの引用です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
スクルージ&マーレイ商会を営んでいた初老の男、スクルージは冷酷で無慈悲な人間で、彼を知る者の多くはエゴイストのスクルージを忌み嫌い、仕事仲間であったマーレイの葬儀の際にも布施を出し渋るばかりか、亡骸の瞼に置かれた冥銭を持ち去るほど金に取り憑かれた男であった。
葬儀から7年後のクリスマスイブの夜、亡霊となったマーレイが彼の館を訪ねてきた。マーレイは生前に会計事務所に篭って人生を無駄にした自分の愚かさを嘆き、犯した罪の分だけ重く長くなった鎖に囚われた自らの姿を指して、このままでは「お前も同じ運命を辿る」と忠告をしにきたのだ。そして「お前のもとに3人の精霊が現れる」と言い残して去っていく。
程なくして最初の精霊がスクルージの前に姿を現した。彼はスクルージの過去のクリスマスの精霊だと自らを名乗った。過去のクリスマスの精霊はスクルージを昔、学校に通っていた頃の場所に連れて行き、その頃の時代へタイムスリップした。
その後、現在のクリスマスの精霊が館の部屋へ現れる。クリスマスイブの日、彼の書記であるボブ・クラチットの家の様子をスクルージに見せる。その際、タイニー・ティム(ボブ・クラチットの一番下の男の子)の将来について、もう長くは生きられないと聖霊から聞く事になり、彼が生き続けることを聖霊に強く願うが、聖霊は彼の過去の言葉を使い、皮肉する。その後、時計台の鐘の中へ移動した現在のクリスマスの精霊はその鐘の音と共に白骨化し粉になり消え去る。
それとともに、未来のクリスマスの精霊が現れる。未来のクリスマスの精霊は影の様な挙動をし黒い姿であった。スクルージを墓場へ連れて行き、その墓を指しながらその墓がスクルージの墓であることを見せた。そのまま、日付を指すとその日付はちょうど明日のクリスマスの日を指していた。それを見たスクルージは精霊にからの生活を変えるからやめてくれと懇願する。
現実世界に戻されたスクルージは生きていることに大いに感謝し、彼の態度は以前より楽しく、優しい性格になる。それと同時に皆の彼に対する気持ちも変化してゆくこととなる。そして、タイニー・ティムはスクルージの肩の上に乗り、二人で幸せに包まれる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まあ、ぜひ小説のまま読まれることをお勧めします。
ディケンズは英語圏だけでなく、世界的に影響を与えた大作家で
「デイビィッド・コパフィールド」や「二都物語」が著名ですが、
僕の予想では、この「クリスマス・キャロル」が最も末代まで読まれる
作品だと思います。
人間の底知れない「善さ」が、ひたひたと伝わって来る物語だからです。
ディズニーの物語は良いな(1):シンドバッド - 野中
2025/12/17 (Wed) 17:44:37
ディズニー・シーで僕が必ず行くアトラクションは、
「シンドバッド・ストーリーブック」です。
何が良いかって・・・それは物語自体の「良さ」を実感させて
くれるからです。
小さなトラのチャングーもすごく可愛いです。
全編に流れる「心のコンパス」の歌もとてもいいです。
シンドバッドは航海にでます。
もちろん建前は『宝物を捜しに行く』ことです。
その行った先でさまざまな人やモノに出会い、
さまざまな経験をします。
そして巨万の富を得ます。
そこで彼はどうしたでしょう。
そう、彼は
また航海にでるのです。
ここで、
「人生は冒険だ」という、繰り返し流れていた歌が
意味を持ってきます。
「心のコンパスに従って航海する」とは
「心のコンパスに従って日々を過ごす」ことと
同じ意味なんです。
「えっ、じゃあ『心のコンパスって何?』と誰しも思うでしょう。
でもそれには答えてくれません。
このアトラクションは、大きな疑問をゲストに突きつけたまま
唐突に終わります。幸福に多くの人々に迎えられながら。
そう、ゲストたちの航海はこれから続くのです。
少し長い通路を通って、茶色い階段を降り、
ディズニーシーの空間に戻ってからも。
未来へのモノ-ガタリ((46):未来へ - 野中
2025/11/30 (Sun) 12:56:12
ケイ(K)はユウ(U)に、
真剣な面持ちで
未来を語った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
K「ユウさん」
U「はい」
「僕はつまらんヤツです」
「……」
「僕はディズニー・パークが好きだ」
「わたしも」
「僕はずっと、ディズニーのモノ-ガタリについて考えて来た」
「うん」
「ディズニーのモノ-ガタリがなぜみんなを幸福にするか考えて来た」
「うん」
「だから何度も何度も君とディズニーに行った」
「うん、数えきれないぐらいね」
「僕は、この世で一番幸福なんだ」
「……」
「だって世界で一番好きな人と、世界で一番幸福な場所にいるんだ」
「……」
「僕は不完全でつまらないヤツだ」
「……」
「それでも君となら、世界で一番幸福になれるんだ」
「……」
「だからユウさん」
「……」
「僕と結婚してください」
「はい。もちろんよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ユウのその返事を聞いて、
ケイはユウに近づきました。
二人は一瞬表情を硬くし、
それから泣き始めました。
そのあと、ゆっくりと笑い合って
抱き合ってキスしました。
=== === === === === ===
「未来へのモノ-ガタリ」は、これで終りです。
未来へのモノ-ガタリ(45):ソクラテスの物語 - 野中
2025/11/24 (Mon) 11:59:31
ケイ(K)はずっと黙って考えていました。
しばらくしてユウ(U)に、ソクラテスについて
そして彼を殺したひとびとについて
語りはじめたのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
K「ソクラテスって知ってるかな」
U「ええと、古代ギリシャの人よね。ちょっと待って、今調べる」
「ああ。でも、速くしてくれよ」
「まあ、慌てないで。ええとね……、誕生は紀元前470年、
2500年ぐらい前の人か。死んだのは紀元前399年。
71歳まで生きたのね」
「そうそう、でも病死じゃなかったんだ」
「ええと、<ソクラテスは、『国家の神々を認めず、青少年を惑わせた』
という理由で訴えられ、裁判にかけられ、死刑の評定を受けた>って
書いてあるわ」
「そうだよ。そのソクラテスを告発した人々は、『死刑』が不当なもの
だって分かっていたし、実際、外国への逃亡が黙認されていたんだ。
告発者たちはソクラテスの死を望んだんじゃなく、ソクラテスが
コソコソとアテナイから出て行ってくれることを望んだんだ」
「そうね。それにソクラテスの周りの人々も彼の命を助けたかった
みたいなの。こう書いてある。<ソクラテスの友人たちは亡命の準備を整
え、最後まで渋るソクラテスを説得した>、ですって」
「でもねソクラテスは『悪法もまた法である』と言って、ケベスとシミ
アスという二人の友人と魂の死について論じたあと、毒杯を飲みこんで
死を迎えたんだ。毒ニンジンの汁をね」
「うわっ、どうしてかな」
「その死をもって、ソクラテス自身が、自分の正義、そしてそれまで
語って来た国家、法、勇気、魂、道徳などの議論の正しさを証明した
かったんだと思う」
「うわっ何だか壮絶ね」
「……」
「でも不思議だわ、なんで逃げられるのに逃げなかったのかしら」
「……まあ、それはなんとなく分かるんだ。僕だって逃げないよ」
「えっ、……そうなのかな」
「少し考えてみたんだ。死刑の評決を受けた時のソクラテスの心境について」
「って、どういう……」
「すごく寂しかったと思うよ、だってさ命がけで毎日のように町に出て
若い連中と話し合って来たんだよ、それがさ、評決で死を決定さ
れちゃったんだよ」
「なっ、なるほどね」
「僕はね、ソクラテスの死について考えるのなら、少なくとも二つの
モノ-ガタリについて、考えておかないといけないと思うんだ」
「何それ、二つって?」
「ソクラテスのモノ-ガタリと、民衆のモノ-ガタリの二つさ」
「ふうん」
「ソクラテスのモノ-ガタリは、割と単純だ。ソクラテスは、
当時の人々がいろんな偏見を持って生きてると感じていて、
それを正して、少しでも良い社会にしていきたいと願って
いたんだと思う」
「まあ、そうよね。そんな風だったと思うわ」
「誤解されているのは、もう一つのモノ-ガタリなんだ。つまり
ソクラテスと同時に生きていた民衆のモノ-ガタリさ」
「えっ、誤解されてるの」
「うん。誤解されてる。だってさ、彼らはただの民衆じゃない」
「どういうことよ」
「彼らは、ソクラテスに幾分かでも感化された民衆なんだ。
ソクラテスが命がけで語り掛けて来て、多少は変化した民衆なんだ」
「なるほどね」
「だからソクラテスの死について考えるなら、その当時の民衆の
モノ-ガタリについてもしっかり考えないといけないんだ」
「……どんなふうに?」
「民衆の気持ちだよ。彼らがどんなふうに生き、そして死んでいこうと
思っていたかっていう」
「うっ、ソクラテスはそこまで考えて死を選んだのね」
「そうだろうね。そこで死を選ぶことが正しいと考えることが、
ソクラテスを歴史に残る人にしたんだ」
「まあ、多分だけど、そこで死ななかったら、さすがに2500年後の
今まで歴史に残ってなかったわよね」
「そう、ソクラテスは民主主義っていうものの正当性と、そしてその
危うさについて、自らの行動と死によって示したんだ」
「それじゃあ、その当時の民衆はびっくりしたんじゃないかな、
まさかほんとに死んじゃうなんて」
「うんそうだね。でもソクラテスを憎んでいたことも確かだよね」
「えっ、そうなの」
「だってそりゃそうだよ。町中で小太りの男に、『君たちはほんとは
間違ってる、君たちは何にも知らない』なんて言われたら、
そこそこの知識と、そこそこの満足を持って日々を生きてる人は
『はあ、そうなんですね』と返しつつ、ソクラテスが言ってる、
正しいモノ-ガタリに反発を感じるに決まってるよ」
「うーん……そういうものなのかも」
「つまりね、民衆はソクラテスの言ってることの正しさをある程度
わかりつつ、自分達のモノ-ガタリとの違いも感じていたと思うんだ」
「なるほどね」
「これがもし、全く受け入れられていないと感じたとしたら、ソクラテス
はきっと、それこそ訴えられたとたんに逃げ出したと思う」
「なっ、なるほど。じゃあ、ソクラテスはアテナイの人たちを愛してたのね」
「そう、そうなんだ。ソクラテスの死はだから、アテナイの民主制の
モノ-ガタリを愛してる人たちへの、愛のメッセージでもあるのさ」
「じゃあつまり」
「そう、後世の人たちは、『民衆の愚かさがソクラテスを殺した』なんて
見当違いの非難をするけど、そうじゃないんだ」
「なるほどね」
「ソクラテスの弟子のプラトンなんかは、尊敬する師のソクラテスを
殺されたって思って、民主制を嫌い、観念論的な君主論に走る
わけだけど、根本的に間違っていたと思うよ。ソクラテスはアテナイ
の人たちが好きで、その愛のメッセージを示すために所選んだんだ」
「つまり……、古代の民主制は誤解されてるってわけ?」
「うん。僕はそう思う。ソクラテスはアテナイの人々への愛に殉じたんだ」
「ふーん」
「ところでさ、伝わってるかな」
「えっ、何が?」
「僕も君を愛してる。それを示すためならいつ死んでもいいよ」
「……うん、わたしもあなたが好き」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ユウはそういうとケイに近づき、
満面の笑みを作り
キスしました。
未来へのモノ-ガタリ(44): 白雪姫の物語 - 野中
2025/11/10 (Mon) 08:40:29
ケイ(K)はずっと黙って考えていました。
しばらくしてユウ(U)に、
物語の「次元」について
語りはじめました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
K「少しだけ分かったことがあるんだ」
U「何を?」
「僕たちは僕たちがどんな世界に居るのかを正確にしることはできない」
「まあ、そうね」
「僕たちは世界をみている」
「うん」
「でもその見方が正しいわけじゃない」
「それで?」
「でも、どれがより正しさに近いか、それは分かるんだ」
「なにそれ」
「ええと……じゃあ、話を『次元』に絞ろうか」
「うん、いいわよ」
「僕たちは三次元世界を『見ている』」
「まあそうね」
「じゃあ僕たちの心はどこにある?」
「うわっ。難しいのね」
「つまりね、僕たちはふつう三次元的に世界を捉える」
「まあ、そうよね」
「だから心を見失うんだ」
「うーん。そうかも」
「つまりね、心をみうしなわないためにも、三次元的に世界を
見続けていてはいけないんだと思うんだ」
「ええっ、でもそれ以外の見方ってできるの」
「できるさ。『物語』的に世界を眺めればいいのさ」
「うーん、何となくしかわからない」
「そうだな……じゃあ具体的な物語を思い浮かべてみればいい」
「なら『白雪姫』かな」
「うん。……白雪姫は城から出てる」
「そうね。女王になった魔女に追い出されるの」
「で、時間とともに成長する」
「うん。小人さんたちに助けられてね」
「そうそう、でも女王に見つかって、リンゴを食べさせられ死んでしまう」
「でも王子様のキスで復活するの」
「まあ、だいたいそういう物語だな」
「うん、でもそれと『三次元』とどんな関係があるの?」
「分からないかな。白雪姫の物語を一枚の絵で表現できる?」
「あっそうね。絵本にしないと無理」
「つまりさ、物語って基本的に三次元的な状況に、時間の経過を
加えたものなんだよ。だから物語にすると心が見えて来る」
「なるほどね、まあ少しはわかるかな」
「もちろん『物語』的に世界を見直すことが、ほんとに正しい
のか、僕にもわからない。でも三次元的に見るより、少しは
深く『心』を捉えられているんだとそう思うんだ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ケイはそういうとユウに近づき、キスしました。
それから、ちょっと照れて言ったのです。
「ははっ、復活のキスだよ」
未来へのモノ-ガタリ(43):三ヘホの法則 - 野中
2025/10/26 (Sun) 16:57:46
ケイ(K)に相変わらず活気がないので
ユウ(U)は少しでも元気になって
貰いたいと思い、
笑いながら話しかけました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
U「ねえ、三ヘホの法則って知ってる?」
K「なんだそれ、三平方の定理ってこと?」
「ううん、ピタゴラスさんは関係ないの」
「なんだそれ」
「笑わないでね」
「ああ」
「おまじないよ」
「どんな?」
「『ヘホ』『ヘホ』『ヘホ』って三回言うの」
「なんだそれ」
「まあ、いいじゃない。とにかく言ってみて、一回ずつ区切って」
「ヘホ・・・ヘホ・・・ヘホ、これでいいか」
「うん、ちょっと元気出たでしょ?」
「そうかな、うん、そうかも知れない」
「それが三ヘホの法則よ」
「はははっ、なんかばかばかしくて、面白い」
「そう。それでいいの」
「うん。これって案外使えるおまじないかも」
「うん、それはよかった」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ユウはそういうとケイに近づき、そのまま
キスしました。
=== === === === === ===
モノ-ガタリと人間の関わりについては、ブログの「存在とナラティヴ」
を参照してください。少し長いですが。
また、これからの時代の「平和」について、「平和な世界に向けて」
という文も載せました。ご参照下さい。
(ブログ冒頭から下にスクロールして、「存在とナラティヴ」や「平和な
世界に向けて」の題字をクリックしてください。ブログは下記から。)
https://walker1952.wixsite.com/website
なお、エリアXの記事も含めて、ご感想などは、エリアXの返
信欄に書き込んでいただけると嬉しいです。