物語とナラティヴ

63620
ブログ walker1952.wixsite.com/website
名前
件名
メッセージ
画像
メールアドレス
URL
文字色
編集/削除キー (半角英数字のみで4~8文字)
プレビューする (投稿前に、内容をプレビューして確認できます)

未来へのモノ-ガタリ(12): Kとエレパ - 野中

2025/03/30 (Sun) 15:30:22

ケイ(K)が相変わらず落ち込んでいるので、
ユウ(U)は無理矢理
ディズニーランドのエレクトリカルパレードに
連れて行きました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
場内の光が落とされ、暗い中、青いフロートがやってきます。
ブルー・フェアリーです。映画「ピノキオ」に出て来る妖精です。
彼女を先頭に、光輝く物語の饗宴が始まります。
人々は息を呑んで光の魔術の世界に没入しています。

U「ケイ、すごいね」
K「ああ、何だか涙が出て来た」
「ふうん」
「これはなんというか」
「なあに?」
「確実な幸せだね」
「そうね」
「それにさ、となりに君がいる」
「えっ?」
「ははっ、タートルトークのカメさんだよ」
「何それ?」
「ははっ、えーと・・・」
「なになに」
「最高だぜ」

気がつくとユウも涙を流していました。
二人は決して短くないエレパの時間
ひたすら泣いていました。
そして満ち足りた気分でいました。

未来へのモノ-ガタリ(11): Uの励まし - 野中

2025/03/24 (Mon) 02:38:19

ケイ(K)が落ち込んでいるので、
ユウ(U)が励ましています。
アラビアン・コースト前の売店で買った、
カレー味のポップコーンを齧りながら。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二人は朝からディズニーシーに来ていたんですが、
ケイはずっと、タメイキばかりついています。
ファンタジー・スプリングスあたりをぐるぐる
回ってみたのですが、ケイ(K)の表情は暗いままです。
ユウ(U)はカレー味のポップコーンを買って
とりあえずケイに差し出しました。

U「ケイ、これでも食べようか」
K「あ、ありがとう。久しぶりだな」
「カレー味、なんかなつかしいよね」
「うん。たまにはこれも悪くないね」
「ところでさ?」
「なんだい」
「モヤモヤしてるの?」
「ああ、そうだね。それにイライラしてる」
「何にモヤモヤ?」
「ははっ、タートルトークのカメさんの反対だ」
「何それ?」
「ははっ、えーと・・・『最低だぜ』」
「そうね、カメさんいつも『最高だぜ』って言ってるもんね」

「あっでも、このカレー味のポップコーン」
「なになに」
「最高だぜ」

二人の足取りは、少しずつ軽くなり、
アメリカン・ウォーターフロントに着くころには
まるでスキップしているみたいに
元気になっていました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

未来へのモノ-ガタリ(10): Kの不調 - 野中

2025/03/19 (Wed) 16:01:27

ケイ(K)が何だか落ち込んでいます。
不調のようです。
舞浜のエクスピアリのフードコートで「へたって」いるので
ユウ(U)がなぐさめています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二人は朝からディズニーシーに来て、並んでいたんですが、
ケイが、入場直前に、入りたくないと言い出して、
とりあえずエクスピアリにやって来たのです。
軽い食事のあと、話し合います。

U「大丈夫、ケイ、調子悪そうね」
K「うん。今日はいいんだ。でも明日からのことを考えたらさ」
「それって、会社のせい?」
「ああそうだね。会社に行きたくない」
「やなことでもあったの?」
「ああ、ミスばっかりさ」
「文句言われるの?」
「うーん、そうでもないかな。指摘されるだけ」
「もうそろそろ、丸二年だね」
「ああ。そうだね。君はそろそろ一年だよね」
「何が辛いの?」
「うーん、何だかこのままずっと、ここに居続けるのかって」
「うんうん、ちょっと分かるよ。停滞感だよね」

「かんたんな事じゃないんだ・・・・・・いやすごく簡単な事なのかも知れない」
「何それ?」

仕方がないので、二人は「アーリーイブニングパスポート」を買って、
ディズニーランドに入ったのです。
ウェスタン・リバー鉄道に乗り、そのあと呆然と
エレクトリカル・パレード・ドリームライツを見て帰途につきました。
でも、その間、ケイの表情は暗いままでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

未来へのモノ-ガタリ(9):UとK、ランドで - 野中

2025/03/14 (Fri) 21:49:29

ディズニー・ランドにやってきて、
ユウ(U)とケイ(K)がもめています。
パートナーズ像の右を抜けて、
シンデレラ城に近づいたところです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二人は朝の7時から並んで、ようやく入場したところです。
K「えーと、どこから行こうか?」
U「そんなの決まってるわよ。まずミッキーにアイサツ!」
「それって、ひょっとして、ミッキーの家?」
「そうよ。当たり前じゃない。ほら速く。トゥーンタウンに向かうの」
「ねえ、それよりピーターパンに行こうよ。今なら20分ぐらいで行けるよ」
「ええっ、だってさ、先週、ピーターパンのネバーランドアドベンチャーに
行ったじゃない」
「あれはシーの方だろ。あれを憶えてるうちにランドの方にも」
「うーん。あとで並べばいいのよ。ともかくミッキー!」
「わかった。じゃあそのかわりお昼はカンベアのカレーだよ」
「うん。いいわ。わたしディズニーのカレー、大好きだから」
「わかった。じゃあミッキーの方に行こう」
「そう、それでね、そのあとにワッフル・カンパニーでミッキーの
ワッフル食べるの」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二人はミッキーに挨拶してから、すぐにワールドバザールの
ワッフル・カンパニーに並んだのですが、既に長蛇の列。
ミッキーの顔のワッフルを食べた二人は、カンベアのカレーに
並ぶ気力がなくなり、結局昼食は、キャプテン・フックの
ピザパイになったということです。
でもそのあとピーターパンには奇跡的に40分で乗れて、
二人は大満足だったみたいです。

未来へのモノ-ガタリ(8):ディズニーとUとK - 野中

2025/03/13 (Thu) 13:45:13

ディズニーについて、
ユウ(U)とケイ(K)がいろいろ話し合っています。
ユウは今度の休みにディズニーシーに
行きたいと思ってるのですが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
U「ねえケイ、今度の土曜、ディズニーに行かない?」
K「うーん、ちょっと行き過ぎじゃないか。ことしになって4回目になるよ」
「そんなの、普通でしょ」
「いや、ちょっとお金使いすぎだよ。6月のボーナスまで待ってくれないか」
「うわっ、そんなこと言うんだ。いいわよ私が全部出すから」
「いや・・・・・・僕たち・・・・・・なあ、それならさ、僕たち引っ越さないか?」
「どういうこと」
「新しくアパート借りてさ、一緒に住もうよ」
「・・・・・・一緒に住むのはいいわ。あなたが私の部屋に来るの」
「ええっ・・・・・・まあ、ここよりは広いけど」
「そしたらね、来月からあなたの家の家賃浮くでしょ」
「まあそうだね」
「その浮いたお金で、毎週ディズニーに行くの」
「うわっ、それは大変だな」
「とりあえず、今度の土曜はディズニーシーね」
「うわあ」
「ただしオミヤゲは買わないし、昼はカスバのカレーでいいわ」
「わかったよ」

というわけで、次の土曜は二人仲良く、
ディズニーシーを満喫したということです。

未来へのモノ-ガタリ(7):日本滅亡 - 野中

2025/03/11 (Tue) 14:23:15

「近代の断末魔」の恐ろしさを
はっきり示して置きます。
もし日本が「近代の断末魔」に巻き込まれ、
平和国家であることをやめれば、
日本は確実に滅亡します。

ドナルド・トランプの登場は、世界を一気に「近代の断末魔」の
状況に持ち込むことになりました。
世界各国はそれぞれ自国の勢力の拡大に
腐心するようになっています。

イギリス・フランスは、自国の核の使い道を模索しはじめ、
ドイツも自国に核を持ち込むことを歓迎しています。
アメリカはアメリカで周辺国などへの領土的野心を
ちらつかせていますし、中国は相変わらず拡張政策を
捨てていません。

このままでいけば、核戦争は避けられないでしょう。
日本は二つの選択があります。
全力を尽くして「近代の断末魔」を乗り越え
平和な世界を目指すのか、
自らも核武装して、「近代の断末魔」に
飛び込んでいくのか。

僕の予想ですが、
後者(核武装)の場合、日本は真っ先に滅亡すると
考えられます。大陸間弾道弾の標的として、
これ以上「安全な」ものはないからです。

日本を滅ぼさないために、そしてそれに続くだろう
世界滅亡の危機を回避するためにも、
「近代」を静かに終息させることが必要だと考えます。

未来へのモノ-ガタリ(6): トランプ - 野中

2025/03/07 (Fri) 09:09:18

トランプという人は、「近代の断末魔」を
象徴する人ではないかと思います。
つまり、近代を脱して、新しい時代を目指すには、
ドナルド・トランプを打ち破る必要があります。

アメリカが歴史上最も輝いていたのは1950年あたり、
第二次世界大戦の直後、『戦争被害を受けていない戦勝国』
として、世界に君臨していた時期です。
そしてそれはドナルド・トランプの成長期とぴったり重なります。

トランプが「強いアメリカ」の復活を声高に叫ぶのは、
その頃のアメリカ白人の「居心地の良さ」を愛しているからです。

けれど「近代国家の帝王」としてアメリカが復活するのは無理です。
もはや「近代」ではなくなりつつあるからです。

人類は岐路にさしかかっています。
新しい時代「新生代」を迎えるのか、
「近代」の断末魔に巻き込まれて滅亡するのか。

その意味では「トランプ」という断末魔を
どうやって処理するかは、今後の世界にとって
とても大切な選択だと思います。

未来へのモノ-ガタリ(5): ミッキーの未来 - 野中

2025/03/02 (Sun) 05:13:59

これまで、ミッキー・マウスはいろいろに変わって来ました。
ディズニーが最初にこの世に送り出したのは、
「しあわせうさぎのオズワルド」でした。
オズワルドが著作権の関係でダメになった時、
何とかして新しいキャラクターを、と
産み出されたのがミッキーです。

生まれてすぐのミッキーは、「蒸気船ウィリー」の
ころを見れば、快活で破天荒、イタズラ好きな
愉快なキャラクターです。

それが、さまざまな経緯もあって、ディズニー・パークの
メインのキャラクターになると、良い意味で、
破天荒とかイタズラ好きといった「毒」が消え、
洗練された「いい子」になっていきます。

古いディズニー・パークの映像を見ていると
分かると思いますが、ミッキーの顔は時代が下がるにつれて
どんどん温和になっていきます。

そうミッキーは、自分勝手ではいられなくなったのです。
国の王様が、個人ではなく「王」を演じなければ
ならないように、ミッキーも「ディズニー・パークの主人公」
を演じなければならなくなっているのです。

僕は本当のミッキーは、シンデレラ城の正面にいて、
ウォルトと、嬉しそうに、恥ずかしそうにしている
パートナー像のミッキーじゃないかと思っています。
手を繋いでいる、あの姿、本当に素敵です。

ずっとずっと、そういうミッキーでいて欲しいなと
心底感じています。

未来へのモノ-ガタリ(4):近代の断末魔 - 野中

2025/02/21 (Fri) 13:27:28

現代がどういう時代かと言うと、僕は「近代の断末魔」
の時代なんだと思います。
「近代」というのは、金銭や軍事力が何にも増して
重要視される「合理主義の時代」です。

その時代が、なめらかに『新生代』に移行してくれれば、
問題はないのですが、「近代的権力」を握った人々は
なかなか承服しないみたいです。

近代の権力者たちは、握った権力を維持し、さらに
強大にするべく、全力を使います。
つまり「自国ファースト」とは、そういった「近代の権力者」
たちが、去り行く「近代」の幻影を追って、
のたうち回っている醜い姿を表現したもので、
それはまさに「近代の断末魔」を示すコトバなのです。

「近代の断末魔」は、まさに狂気一歩手前です。
その意味で「近代の権力者」たちはもはや正常でなく、
手段を択ばず、暴力的に自己の勢力を拡大しようとしてしまいます。

この時代をうまく乗り切って、「新生代」へと歴史を
進めていくためには、この「断末魔」に巻き込まれないことが
必要です。

そのためには、二つのことが必須となります。
一つは来るべき「新生代」への準備です。生命が生命として
どうありたいのか、どうあるべきなのか、近代合理主義を超えて
新しい価値観をしっかり作っていかなければなりません。
もう一つは、「断末魔」からエスケープするための方策です。
その意味で「一定以上の防衛力」は持つべきでしょう。

では、「平和憲法」は守らなくていいのか、
という話になってきます。もちろん、平和憲法は守るべきですし、
「新生代」を生み出すためにも、むしろ強化していくべきでしょう。
変えるべきは、「戦力の定義」なのです。
憲法が定められた時に比べて、核爆弾の威力が格段に上がりました。
現代の核兵器は通常兵器に比べて一千万倍の威力があります。この圧倒的
な威力の差に目をつぶって「平和」を語るのはナンセンスです。
現代においては「核兵器」だけが「武力」であり、「通常兵器」は、「警察
装備品」または「保安装備」と、考えるべきでしょう。
そう解釈すれば、日本の現在の憲法の
「戦力非保持」の原則も守れていますし、防衛予算の増加も、決しておか
しなことではない、と分かるはずです。
もちろん最小限の増加にとどめるべきですが。

未来へのモノ-ガタリ(3):土星の環 - 野中

2025/02/17 (Mon) 04:15:12

土星には、それをぐるりと取り囲むように環があります。
けれどあまり知られていませんが、土星の外側の
天王星と海王星にも、同じような環や、環の痕跡があるのです。

これは単なる想像ですが、土星などの環は、
巨大な太陽光パネルの役割があったのでは
ないでしょうか。

さらに想像を逞しくすれば、海王星――天王星――土星、の三惑星に
広がる、超古代文明が発達しており、それらの惑星に、超古代・知的生命
が居住し、その環を使って膨大なエネルギーを得て、
文明を発達させていったのではないか、などと考えられます。

環からどうやってエネルギーを得たのかは分かりませんし、
もちろん彼らがどういう形態の、どういう存在だったのかも
わかりませんが、そこに文明があった、と、考える方が
「楽しい」と思いますし、それと同じ方法で、太陽光からエネルギー
を採取できれば、地球のエネルギー問題は解決します。

未来へのモノ-ガタリ(2): 近代からの脱出 - 野中

2025/02/11 (Tue) 22:19:03

人間の歴史、というのをモノ-ガタリとして捉えれば、
現代は近代の末期と言えるでしょう。
この時代には、三つの大きな課題が待ち構えています。

一つ目は、「近代の断末魔」の問題です。
近代というのは、支配者にはとても心地の良いもののようです。
ですので支配者たちは何とかしてその枠組みを維持しようと
必死になります。これが「近代の断末魔」です。
この影響をもろに被ってしまえば、次の時代を準備することも
できなくなります。
ですので、「近代的思考に捕えられた国家」がなくなるまで
自分の社会を守るために、一定以上の防衛力は必要と考えます。

二つ目は「核兵器」の問題です。
この兵器を使用させないことが、
人間を次の時代、『新生代』へと向かわせるためには必須
だと考えます。「核兵器」を持つことは、その国を「近代」
の枠におしとどめてしまうことです。
「核の脅威には核を」などという発想が
いかに愚かな事か、・・・少し考えればすぐわかることです。
「反核」を旗印に、粘り強く平和を訴え続けるべきです。

三つ目は「死の死」の問題です。
医療科学が日に日に進展し、
「お金さえあれば当面の死を回避できる」
という日がもうすぐくるでしょう。
そうなったときに我々の社会は小さくないパニックに
おそわれるでしょう。
「生命を守る」ための犯罪行為が、社会に蔓延するでしょう。
それを抑制できるかどうか。それは『人間性』そのものと
我々がどれだけ向かい合えるのかにかかっています。

これら三つの問題の他にも、『環境問題』など、我々人間が直面している、
多くの問題があります。これらを超えて、我々が無事に「近代」
を脱出して「新生代」を迎えられるかどうか・・・
それこそ今を生きる我々自身にかかっていると僕は思っています。

=== === === === === ===

モノ-ガタリと人間の関わりについては、ブログの「存在とナラティヴ」
を参照してください。少し長いですが。
また、これからの時代の「平和」について、「平和な世界に向けて」
という文も載せました。ご参照下さい。
(ブログ冒頭から下にスクロールして、「存在とナラティヴ」や「平和な
世界に向けて」の題字をクリックしてください。ブログは下記から。)
https://walker1952.wixsite.com/website
なお、エリアXの記事も含めて、ご感想などは、エリアXの返
信欄に書き込んでいただけると嬉しいです。

未来へのモノ-ガタリ(1): ディズニーパークと未来 - 野中

2025/02/07 (Fri) 18:15:58

ウォルト・ディズニーは、
「ディズニーランドに完成というコトバはない。つねに進化していく」
と言ったと言われています。
じゃあ、今後、世界のディズニー・パークはどう変わっていくでしょうか。

確実に言えそうなことは、ディズニー・パークがこれから
ますます人々を集めそうだということです。
人々は「本質的な幸福」を求めて
ディズニー・パークにやってきます。
つまり、ディズニー・パークは「幸福の場所」なのです。

そして不幸を感じる社会に、わざわざ居たいと思う人はいないでしょう。
すると、ディズニー・パークがさらに人々を集めると同時に、
社会の中に「ディズニー的なもの」を取り込んでいこうとする
動きが加速して行くことになると思います。

ディズニー的な「思いやりの心」を育もうとする学校。
ディズニー的な「やさしさ」を大切にする病院。
ディズニー的な「関わる人の気持」に配慮する企業。
など、社会組織自体にも、改革の手が加わってくると思います。

それが「ディズニー的なモノ-ガタリ」の力です。
自分が幸福になりたい、と思うだけでなく、
みんなが幸福になれば素晴らしい、と思うその熱意が、
世界を変えて行くと、僕は思っています。

明日へのモノ-ガタリ(66): モノ-ガタリは - 野中

2025/01/30 (Thu) 20:16:27

モノ-ガタリは、人間にとって根源的なものです
人間は世界をモノ-ガタリとして捉える傾向がありますし、
モノ-ガタリとして世界を捉え続けることで人間は幸福になれます。

モノ-ガタリは、情報としては、状況(3次元)+時間の、4次元データ
です。つまりモノ-ガタリについて考えることは、4次元のデータを
意識の中で動かしていることになります。

これをあまり深いレベルでやらず、「楽しみ」の範囲でやるなら
幸福感は膨らみ、気分は安定します。
つまり、ディズニー・パークで人々が幸福な気分になるのは、
適度な距離を保ちつつモノ-ガタリに触れているからです。

けれど、モノ-ガタリについて真剣に考え始めると、
様相は一変します。
「雲をつかむよう」という表現がありますが、
まさにそんな感じになってしまうのです。

その理由は、結局、「人間には4次元を超えることは分かりにくい」
っていうことなのかな、なんて思っています。
ここ10年近くモノ-ガタリについて考え続けて来て、
なかなか前に進めないのは、そのせいかも知れません。
まあ、僕個人の努力不足・能力不足も
なくはないのでしょうが。

明日へのモノ-ガタリ (65): ディズニーの優しさ - 野中

2025/01/30 (Thu) 03:24:15

ディズニーのモノ-ガタリは、一つ一つは
それなりに起伏があり、それなりに毒もあります。
けれどそれが集まったディズニー・パークは
とてつもなく優しい場所です。

それが現実離れしていることに、物足りなさを
感じる人もいるでしょう。
実際、今、僕は個人的にとてつもなく不幸な状況に居て、
正直、その状況を脱するために、
ディズニー・パークは何にも役に立ってくれません。

それでも、今現在、たくさんのディズニーを楽しんでいる
人たちがいることは、心の救いになっています。
この地球上に、笑顔が溢れている場所がある、
そのことは、心の一隅を少しだけ暖かくしてくれます。

「そうだ、何とか立ち直って、またディズニー・パークを楽しむぞ」
そんなふうに、今は思っています。

明日へのモノ-ガタリ (64): トランプの物語 - 野中

2025/01/20 (Mon) 21:38:32

明日、アメリカ大統領にトランプが就任します。
「トランプ劇場」は、もうすでに始まっています。
グリーンランドを米国領にする。パナマ運河を取り戻す。
などなど・・・落ち着かない世界になりそうです。

トランプの政策は基本「アメリカさえよければ」というものです。
その意味でとてもわかりやすいです。
トランプの本音を言えば「白人男性中心の国・アメリカ」
なのではないでしょうか。

トランプは「アメリカを再び強大に」
というモノ-ガタリを前に押し出して大統領選を戦いました。
その「強大な国」のイメージはベトナム戦争に突入前、
1950年代の、豊かだったアメリカがモデルになっているのでしょう。
それはきっと、その時代に育った
トランプの少年時代に大きな影響を
与えたように思えます。

「4年間に渡るアメリカの衰退は終わった」
と広言するトランプのモノ-ガタリは
「カナダを51番目のアメリカの州に」
などと、「モノ-ガタリの相手側」を傷つけることには
全く考慮に入れない、「悪いモノ-ガタリ」です。

今後とも、トランプ大統領の動向には最大限の注意が
必要だと考えています。

明日へのモノ-ガタリ (63): アメリカの幸福 - 野中

2025/01/09 (Thu) 03:11:41

アメリカ人の幸福に、ディズニーがどれだけ貢献しているのでしょう。
ディズニー・カンパニーができて100年以上。
そしてディズニーランドが出来て、今年で70年です。

ディズニーランドに行く幸福ってどんなものでしょうか。
僕は「モノ-ガタリに囲まれている楽しさ」だと思っています。
ちょっと面倒な言い方をすれば、
「人は世界をモノ-ガタリの連環として捉えている」
わけです。だからモノ-ガタリに囲まれている
ディズニーランドに行けば、そこに居るだけで、
幸福な気分になれるのでしょう。

その意味で、ウォルト・ディズニーは、
「モノ-ガタリの解放」を、世界で初めて
やってのけた人なのだと、つまりは
「具体的な幸福な場所」を創設した人なのだと
そんなふうに思っています。

ディズニーランドができた1955年頃、
こんな言い方が、アメリカの家庭で、よくされたそうです。
「いい子にしていたら、ディズニーランドに連れてってあげる」
ほとんどの子供は、全力で「いい子」を演じたみたいです。

もはやアメリカだけではないですね。
東京で、パリで、香港で、上海で、
人々はディズニーのモノ-ガタリに接して
幸福な気分になっています。
無条件でディズニー・パークを賞賛するつもりは
ありませんが、ディズニーがなかったら世界は今より
ずっと「不幸な人」が多かったのでは、と
そんなふうに思います。

明日へのモノ-ガタリ (62): 不幸の源泉 - 野中

2025/01/01 (Wed) 10:52:07

たまには、直球も投げたいと思います。
この世界で不幸を作り出しているのは、
「悪いモノ-ガタリ」です。
「貧しいモノ-ガタリ」とも言います。

一般に言われる「物語」には、良い悪いはありません。
あるのは「おもしろい」「つまらない」の区別ぐらいです。
けれどもモノ-ガタリ、とりわけ個のモノ-ガタリである
ナラティヴには、悪いものがあります。
それは「他者のモノ-ガタリ」を傷つけるモノ-ガタリです。

たとえば、現・ロシアの政権は、「ウクライナはロシアに属すべきだ」
というモノ-ガタリの中で、ウクライナ侵攻を開始しはじめました。
そのモノ-ガタリはウクライナという国や文化を傷つけるどころか
抹殺しようとする、完全な「悪いモノ-ガタリ」です。

たとえば、ドナルド・トランプは、「アメリカ・ファースト」を叫び、
大統領選挙に勝利しました。
この「アメリカ・ファースト」は、アメリカに関わる他の国の、
モノ-ガタリを大いに傷つけるもので、「悪いモノ-ガタリ」と
言えるでしょう。

そう、簡明に言えば、「悪いものは悪い」のです。
僕は、「悪いモノ-ガタリ」こそ、
この世界の不幸の源泉だと考えています。

明日へのモノ-ガタリ (61): 百年前、百年後 - 野中

2024/12/30 (Mon) 00:58:37

もうすぐ2025年です。
1925年からちょうど100年。
つまり治安維持法と普通選挙法が
制定されて1世紀が経過したという事です。

これからの100年を考えようとするとき、
これまでの100年がどうだったのかを回想することが
とても大事になると思います。

もちろん時代の変化は
どんどん速まってきていますので、
100年後について、素朴に予測することは
不可能だと思いますが、
100年後はこうあって欲しいと願うことは
できると思います。

とりあえず「治安維持法」について考えてみます。
1925年(大正14年)法律はこうなっています。
「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ
目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ
加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」

これは平たく言えば
「国を批判する組織は無制限に弾圧できる」
という恐ろしい法律であり、この法律を
きっかけの一つとして、日本と言う国全体が、
「戦争肯定」へと進んでいったのです。

大平洋戦争の冒頭で、日本は、ハワイの真珠湾攻略、
マレー沖海戦の戦艦攻撃など、立て続けに勝利し、
日本全国、勝利を祝う提灯行列で、
沸き立ったと言われています。

戦争はスポーツではありません。
勝つことは人々を愚かにするのです。
負けて死んで行った者たちの苦しさや悲しさに、
勝った国の人々は思い至りません。

1925年の治安維持法制定から、
太平洋戦争の敗戦までわずか20年です。
一つの法律が戦争をもたらした、
とまでは言えないでしょうが、
もしこの法律がなければ、ああまでどっぷりと
「戦争」に浸かってしまうことは
なかったはずだと思います。

これからの100年を想う時、
このことをしっかり考慮にいれて置かなければ
ならないのだと、僕は考えます。

明日へのモノ-ガタリ (60): モノ-ガタリ的充足度 - 野中

2024/12/20 (Fri) 04:05:58

いつも「経済的価値観はもう時代遅れ」などと言っているので、
少しずつ、モノ-ガタリ的な価値観を明確にして、
できれば数値化できたらいいな、などと考えています。

とりあえず叩き台です。いずれも5点満点でつけます。
A 親密な人たちとの良好なコミュニケーション。
B 健康の状態。
C 内的なモノ-ガタリの状態。
D 経済状況。

なお、いずれも③が「ふつう」です。
それぞれを二乗して合計します。(100点満点)

なお、僕の場合は
A-2、B-2、C-5、D-2 なので
2×2+2×2+5×5+2×2=37(点)
なかなか厳しい数字でした。特にAとBがダメですね。
何とか改善して、
A-4、B-3、C-5、D-2 ぐらいにして合計54点
つまり半分ぐらいの充足度
にしておきたいです。がんばります。

なお、Dについては、
5・・・今後ともお金に困ることはなさそう。
4・・・10年後にもふつうに生活できていそう
3・・・ふつう
2・・・何とか生活が成り立っている。
1・・・とても普通の生活とは言えない。
というふうに評点すればよいと思います。

明日へのモノ-ガタリ (59): 夫婦別姓 - 野中

2024/12/04 (Wed) 05:06:41

名前というのは、その人のモノ-ガタリを示す
ラベルのようなものです。
つまり、現状は、結婚すると、無理矢理、
同一のラベルのモノ-ガタリに変えられてしまうのです。

それは、ナラティヴ(個のモノ-ガタリ)の抹殺に等しい
「強制」であると思います。
つまり日本の現行の制度と習慣では、
女性だけが「一貫して自分自身として生きる権利」
を剥奪されているとみなしていいと思います。

これでどうやって、「自分らしく生きる」ことを
目指せるでしょうか。

選択的夫婦別姓の制度は、その意味で、
一日でも早く、導入されるべきだと
考えています。
これからはナラティヴ(個のモノ-ガタリ)が尊重
されていく時代です。
ナラティヴのラベル自体がきちんとしていなければ、
その新しい時代に進みようがありません。


Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.